ひさびさの地元あさんぽ読書に音楽2017/07/16 18:51

午前4時半、鳥たちの目覚めの声に起こされる。
真夏になると窓を開けて寝るので、明け方は賑やか。
久しぶりに、日が上がる前のあさんぽに出る。
昨年のこの時期は毎日のようにあさんぽしていたように思うが、
出稼ぎを増やしたので、朝起きるのが少々つらくなって、
今年は少なくなってしまった。
苛烈な陽射しにさらされる前のこの時間、花々の色が瑞々しい。






高圧電線は、イノシシよけ
このあたりは猪だらけなので、農業をしている人はみんな苦労しているようだ。

セミの羽化に出会った。
種類はわからない。
昨日からミンミンゼミ、今日からはクマゼミも混じって鳴いている。

海岸では、テントを張ってキャンプしている若い人がたくさん。
早朝からバーベーキューして大音響でロック鳴らして。
釣りの人は、それに背を向けてもくもくと。

この後公園で、ストレッチと筋トレして、走って帰る。
これだけしたら、あとの一日は余生の気分で過ごせるってものよ。

朝食。
沖縄のパイナップル。

ソンタク卵は玉ねぎ、ズッキーニ、ピーマンに赤パプリカ粉で。
クマゼミ君、うるちゃい!

10時からフルートのレッスン。
どんどん細かいところをつめている。
第二音域に上がる時に息を増やさない。
右手の拇指の位置。
右手薬指の位置。

真夏の昼は冷たいうどん。
パクチーも水茄子もハムも載せちゃう。
ピーナツもお酢も唐辛子もかけちゃう。
日本もアジアだよん。

午後は、先週から読み始めていた「騎士団長殺し」の続き。

晩メシは、こんなん。
和からみれば茄子田楽の変奏であり
中からみれば麻婆茄子のデフォルメであり
亜からみればパクチーなんだからエスニックでしょ
茄子と味噌と油はどうしたって美味いんだよ
みたいな、要するに残飯整理ですね。
白ワインで。

朝に出稼ぎ 夕に音楽2017/07/10 22:44

午前5時、家を出る。
お互いに朝早くからお仕事ご苦労様ですっ

8時半蝉しぐれ
この一帯にはかつて陸軍野戦砲兵学校があったそうな。

12時
「楽しかったわ、ありがとう!」
住民健診の一分診療でそう言われちゃった。
なんか仕事間違えてる?

いや、これはすぐ循環器の専門病院行ってください。
今すぐ紹介状書きますから、なんて仕事もしましたよ、ええ。

午後5時半
歯科治療終了。
「これでしばらくは大丈夫だと思います」
前回は1年近く通ったが、今回は3回だけで終了。

午後6時
、東京文化会館。
最初にここへ来たのは中一の秋だから、五十年以上も前になる。
忘れられない演奏会がいくつも思い浮かぶが、最近はずいぶん足が遠のいていた。
欅の木がずいぶん大きくなったのに驚き、歳月を実感する。

午後10時半
マルク ミンコフスキー指揮都響のハイドン、ブルックナーが素晴らしかったので、
呆然と反芻している。
エモーショナルな感動とは違う。興奮とも違う。
大きな山や、巨木に接した時の、エネルギーを注入される感じに似ている。
この木は、午前中の仕事の帰りに公園で撮った、榎の巨木。
こんな感じ。
プログラムは、ハイドンの交響曲第102番変ロ長調と
ブルックナーの第三交響曲初稿。


お前は世界一美しい2017/07/05 08:49

楽器はみんなキレイだが、自分の楽器が世界でいちばんキレイだ。
そう思えるのは大事なことである。
このクソと思ってロクなことはおきない、もちろん。
伴侶なんだからね、フフ。

楽しきジジバンド2017/07/01 21:05

月島で月一のジジババンド遊びして帰る。
月一で受けている楽器のレッスンの成果が実感できて嬉しい。




ホトトギスの声が響く宵。
夕食は完全ベジタリアン。
京都でツレアイが買ってきた揚げは、新玉ねぎを漬け込んだ醤油で。

らっきょうは一昨日自分で漬けてみた塩漬けとスズメバチ蜂蜜醤油漬け。
意外とイケル。

明治時代からレシピ変えずに作ってるという地元惣菜屋の煮豆二種。
冷蔵庫が無い時代の保存食、甘い!
しかし不思議と食える。
甘いだけではなく豆の風味も濃いからか。

記録のしかた2017/06/25 23:06

日曜日 仕事のまえに ソンタク玉子 
今日はズッキーニ、アスパラガス、レタス、プチトマト、はむ、ソーセージで盛り沢山な。


やっばい!
気がつかないうちに来週のセミナーのパワポのスライドが途中2枚無くなっていた。
誤って削除してしまったのだろう。
気がついて良かった。
ドロップボックスを使って作業しているので、先週のを復元DLして戻すことができた。
ドロップボックスにこのように助けられたのは3度目くらいか。
パワポ作成は、昔は頻繁に日付を入れて途中経過を保存していたが、今はドロップボックス上にファイルを置いておくだけ。


ところで、昔の本草書は、上掲のスライドで見るように、以前の記載を訂正上書きするのではなく、以前の記載はそのまま残して、後ろに追記していく形をとった。これって、実に後世にはありがたい記録の仕方である。なぜ本草書だけがこうしたやり方を採用したのだろうか?