漢方は家庭料理のように ― 2018/07/05 22:14
十数年続けて担当させていただいた藤沢市医師会東洋医学研究会の、
オイラ講師としての最終回。
「総集編:漢方は家庭料理のように」というタイトルで90分間。
動画カメラまで入って物々しいセッティングだった。
でも毎度のバカバカしいノリで無茶振りもしまくりで、終わった。
茨城県からわざわざ聴きにきてくださった先生もおられ、驚くやら感激するやら。
オイラ講師としての最終回。
「総集編:漢方は家庭料理のように」というタイトルで90分間。
動画カメラまで入って物々しいセッティングだった。
でも毎度のバカバカしいノリで無茶振りもしまくりで、終わった。
茨城県からわざわざ聴きにきてくださった先生もおられ、驚くやら感激するやら。
思い起こせば十数年前。
電子カルテのユーザー仲間のT先生から、声をかけられた。
「せんせ、漢方専門なんだって? いっぺん話してよ」。
電子カルテのユーザー仲間のT先生から、声をかけられた。
「せんせ、漢方専門なんだって? いっぺん話してよ」。
T先生は、愛媛県立東洋医学研究所で勉強したことがもあり、奥様は鍼灸師。
藤沢市医師会東洋医学研究会の会長をしておられた。
で、ちょっとだけよ~、と副作用のお話をしに行った。
それからしばらくして、T先生からまた声かけられた。
「年2回きて話して!」。
それが始まりだった。
藤沢市医師会東洋医学研究会の会長をしておられた。
で、ちょっとだけよ~、と副作用のお話をしに行った。
それからしばらくして、T先生からまた声かけられた。
「年2回きて話して!」。
それが始まりだった。
既に漢方の世界では有名な稲木一元先生が、年3回講演をしておられた。
稲木先生は、本もたくさん書かれているし、漢方の講演も山ほどされている大先生。
同じ馬場を走らされたのではたまらない。
稲木先生とは全然違うやり方を考え、
毎回自分なりに必死に勉強して準備して、十三年間やってきた。
もんのすごく自分のためになった。
これをやっていなかった自分を考えると、クソみたいに思える。
稲木先生は、本もたくさん書かれているし、漢方の講演も山ほどされている大先生。
同じ馬場を走らされたのではたまらない。
稲木先生とは全然違うやり方を考え、
毎回自分なりに必死に勉強して準備して、十三年間やってきた。
もんのすごく自分のためになった。
これをやっていなかった自分を考えると、クソみたいに思える。
T先生は、その後、東洋医学研究会の会長の座を次代に譲られ、
今はそのまた次の会長になっている。
T先生は、医院も息子さんに譲られた。
稲木先生も自分の医院を閉じられたと聞く。
時は流れ、人は老い、オイラも潮時。
今はそのまた次の会長になっている。
T先生は、医院も息子さんに譲られた。
稲木先生も自分の医院を閉じられたと聞く。
時は流れ、人は老い、オイラも潮時。
藤沢市医師会の皆さんに、深く感謝。ありがとうございました。
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